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産婦人科医暦45年のDr.Toeによる趣味のサイト
私を乗せたJR特急信濃ワイドビュー15号は今、JR名古屋駅を長野に向けて発車
しようとしている。丁度14:00発だ。愛称のごとく視界はすこぶる広くシートは
リクライニング、今しがた乗り換えたN700系の“のぞみ”に比べても何の遜色も
ない。しかも土曜日午後というのに連休明けも手伝ってか自由席ですらガラガラだ。
昨今、世の中便利になりすぎたとの苦言が聞かれないでもないが、昼まで仕事場に
いて午後2時名古屋発とは実に素晴らしい。結構、結構!
列車?電車は音もなく滑り出し、ホームでのけたたましいベルの音も、追っ立てる
ようなマイクの声もない。日本の国もスマートになったものだなっと感心なんか
していたら、「お爺、田舎もんやな」と子供にまで笑われそう。
20分も走れば車窓には水の張られた田んぼが、そして植えられたばかりの早苗が
風に揺られ、水面には新緑の里山が影を落としている。
その昔、夜行列車が喘ぎ喘ぎ登った中央西線を電車は快走、40分を過ぎるころには
里山は雪を戴く高嶺に変わり、木曽谷が眼下に迫り、木曽路に分け入った事を実感
する。雪と新緑と急流が織りなす中山道の景観は、かつての夜行列車では決して
見ることのできなかった一大パノラマだ。
必死に車窓を覗きこんでいるうちに、眼前のスクリーンは半世紀むかしの中央西線
へと変わっていた。蟹の甲羅のようなキスリングザックで行き来も出来ない通路、
キシミ音の絶えない木造の車両、一寸指がかかろうものなら煤で真っ黒になる荷物棚。
物淋しさを誘う汽笛が聞こえれば、閉まった窓からも遠慮なく忍び込む黒煙。
当時、私が何よりも物淋しいげな旅情をかきたてられたのは次々と闇の彼方に消え
去ってゆく踏切の警報機の音だった。
カン、カン、カーン、ウン、ン、、、、、、、時に微かに蒸気機関車の喘ぎが聞こえるが
大方はスローテンポの車輪の音のみ、カタコトカタン、カタコトカタン、カタコト
カタン、、、、塩尻峠の急勾配になると今にも止まりそうにカツターン、コツトーン、
カツターン。
列車も頑張ったけれど乗客も良く辛抱したものだ。夜中に名古屋を出て夜が明けた
頃、ようやく信濃の地に分け入ることができた。そのような苦労をしてまで通う
ことを諦めさせなかった信濃の地、塩尻を過ぎると昔と寸分変わらぬ山塊が今も
私を迎えてくれていた。松本着は16時03分。何と2時間03分しかかかって
いないのだ。
駅前で安宿をとり、夕食は松本城近くの老舗の蕎麦屋へ。
打ちたてのお蕎麦を待つあいだ新鮮な山葵をすりおろす、いい香りだ、
先ずは冷たいビールに馬刺しでひと息入れる。何と贅沢なこと。結構、結構。
レンタカーを借りれば日曜日はゆっくりと目的を果たすことができようというもの。
目的???
それはね、白い肌に薄紅をチラッとのせて雪国の春のごく限られた期間にのみ逢う
ことのできるいたいけな美女、名前は“クモマツマキチョウ”に出会うこと。
信濃の遅い春のひと時、雪解けの河原に咲く野の花に舞い降りる彼女にめぐり逢い、
出来れば記念写真を一枚を撮らせていただくこと。
天気良し、道路事情良し、連休明けの二度の土日を、最初は大阪から全行程車で、
今回はJRとレンタカー利用で。
昨年再開を果たした細野のタケチャン、いや失礼、岳彦ご主人にもちゃんと彼女の
情報を仕入れていただいて、これで彼女に会えなかったら俺はよっぽどヤボちゃん
ということか。