産婦人科医暦45年のDr.Toeによる趣味のサイト
日本医師アマチュア無線連盟(MARS)の
PLC問題に対する取り組み
MARSは平成14年5月岩手県盛岡市で開催された第26回総会において、PLC問題につき真剣に討議した。PLCが現実のものになった場合の通信、放送、観測その他機器への障害については、既に多くの示唆があり、理論に沿った実験結果も報告されている。
また、試用が始められているドイツからは、MARSのメンバーでもある奈良OMより、現地の障害の様子が現実のものとなってレポートされてきた。現在予定されている2−30MHzが導入されれば、われわれが日ごろ親しんでいるHF帯での通信は大きなダメージを受けること間違いない。いくらIT化に寄与し多くの人々がその恩恵に浴すことが予測されるからとはいえ、既存の広範におよぶ活動が障害されるような技術の導入は断固阻止さるべきである。ましてや、PLCでなくても通信インフラにはより優れた手法がいくらでもあり、PLCが実用に供しうる期間はそう長くないとまでいわれている。そのような劣悪な技術が既存のインフラを阻害しながら、一部企業の利潤追求のために導入されることに我々は断固反対である。
さらに今、この問題を我々の天職である医療に携わる者としての立場から考えてみよう。放送、通信、観測などの場面で漏洩し、障害を引き起こす信号は、同じように医療の場にも降りかかるであろう。現在の医療界は正しく電子機器を駆使しての戦場と言っても過言ではない。その守備範囲は細分化され、そこで使用される機器は正にその道のエキスパートで無ければ扱えない程に高度化している。ある時には生体内に惹起される極微弱な電気信号を拾い出し、操作可能なまでに増幅する。あるものは、超微量の薬液を体内に定量注入する。またある者はその体の中に微細な電気信号の発生装置を装着して生命を維持し、ある者は体内に埋め込まれたポンプによって血液を循環させている、など等、医師といえども専門分野をはなれると想像もつかない技術が導入され、夫々に重要な働きをしているのである。生命維持が究極の目的となる患者が収容されているICUやCCUは当然のこと、今日ではME(medical electronics)技術は多くの在宅の患者にも非常に高度なものが使用されている。
全てと言って間違いないであろう、これ等のME機器は電力線によってエネルギーを供給されているのだ。今更ながらその電力線から漏洩する高周波信号が、ある時には降り注ぎ、ある時には電源から回り込めば人の生命を脅かすことにもなりかねない重大問題である。
医師でありアマチュア無線家でもある我々は、我々の職場からこのPLC問題に警鐘を鳴らさなければならない。アマチュア無線をたしなむ我々は、医師の中でもPLC問題には最も理解の早い立場にいるのだから。
今回の総会で会員各位から幾多のご意見をいただき、充分な討議ののち、我々の職域母体である日本医師会が充分に本問題を認識し、早急に活動を開始すべく日本医師アマチュア無線連盟から日医、厚生省、日本医科器械学会等関係部署に要望書を提出することにご賛同をいただいたところである。
日本医師会会長 日本医師会代議員会副議長、岩手県医師会長 石川育成、 宮城 県医師会長 安田恒人 両氏の推薦状添付
厚生労働大臣 同 推薦状添付
日本医科器械学会会長 同 推薦状添付
大阪府医師会会長 大阪府医師会では本会要望書を理事会で検討し、PLC問題の
存在の確認のうえ、府医師会会長名で日本医師会に問題への
対応を要請した。
その後の経過
6月21日
JARL 原昌三会長より連絡があり、医師会側よりの要望書が総務大臣の
もとに届いたとの報告を
受けた。MARSの要望書がどのように働いたか
詳細はわからないが、日本医師会担当部署の働きかけにより、厚生労働省
または厚生労働大臣を経由し、総務大臣のもとに届いたものと思われる。
日本医科器械学会でどのように受け止められているか、今しばらく様子を
見守りたい。
6月26日
日本医師会事務局長 熊谷富士雄氏より連絡入る。我々MARSの要望に
つき 、日本医師会理事会の議を経て、片山総務大臣に
日本医師会長坪井
栄孝名の「電力線搬送通信の電波漏洩問題に関する要望書」が、日本医師
アマチュア無線連盟の要望書を添付して提出された。これに対し総務省
総合通信基盤局電波部電波環境課に設置された電力線搬送通信設備に関する
研究会事務局より「電力線通信設備に関するヒアリングについて」の連絡が
日医にあった。
記
7月16日 13.35−13.55 霞ヶ関中央合同庁舎2号館において日医からの意見を賜りたいのでご出席いただきたい。 説明資料として以下の各項について記載した資料を7月15日までに提出いただきたい。
1 電力線搬送通信設備に使用する周波数帯域を拡大した場合の影響で危惧する事項
2 電力線搬送通信設備に使用する周波数帯域を拡大することになった場合、付加すべき条件など(漏洩電界強度の数値など)
3 諸外国の状況(障害の事例、漏洩電波対策など)
4 その他要望事項、特記事項など日医で資料をまとめるための時間を考え、資料整理は7月8日ぐらいまでに完了しなければならない。
提起された設問とそれに対する我々の回答
1. 電力線搬送通信設備に使用する周波数帯域を拡大した場合の影響で危惧する事項
回答1.電力線搬送通信が医療機器、健康維持装置に影響をあたえ、人の生命、健康、
QOLを脅かす原因となること。
2.情報社会の発展の掛け声のもとに、事業の早期開始ばかりが強調され新技術の
現状への影響の慎重かつ充分な検討が割愛されること。
3.特に専門化、細分化が進んだ医療分野で使用されている多肢にわたる医療用
電気機器への影響の検討がなおざりになること。
4.総務省が管轄する技術的検討が優先され、本問題に対する厚生労働行政面
からの検討がなおざりになること。
2.電力線搬送通信設備に使用する周波数帯域を拡大することになった場合、付加すべき条 件など(漏洩電界強度の数値など)
回答 付加すべき条件があるか否かを調査すべきである。
医療用電気機器は単に大病院のみならず、全国津々浦々に散在する診療所,在宅
患者、社会で活躍する個人の間でも広く使用されている。電磁障害に関する
調査資料は、不要電波問題対策協議会が実施した携帯電話等での影響調査は
あるが高い周波数での検討であり、電力線搬送通信に使用されるという低い
周波数での検討は、未だ行われていない。また、電力線からの直接侵入につい
ても検討されていない。
3.諸外国の状況
調査中
4.その他要望事項、特記事項
1.各科の臨床家を含めた、専門家によるかたよりのない検証機関の設置。
2.医療用機器、測定用機器、情報伝達システム等に対する影響につき
あらゆる角度からの検討(想定)及び医療施設各科での現用機器に対する
影響テスト (実験)の実施。
3.一般社会で現用される治療用、健康維持用機器に対する影響につき、あらゆ る角度からの検討及び影響テストの実施。
4.一般家庭で現用される治療用、生命維持用、健康維持用機器に対する影響の
検討及び影響テストの実施。
5.それら検討、実験で得られたデータをもとにした、電力線搬送通信が医療
電気機器に及ぼすEMI,そしてEMCに対する正しい判断の追求。
6.検討と実験により得られた全てのデータの公正な公開。
7.検討及び実験に要する費用の事業者及び国による負担。
8.上記検証機関の全審議過程の公開。
9.検討及び実験結果より、わずかでも人の生命、健康、QOLに悪影響の及ぶ
恐れが危惧される結果が出た場合には、本事業は中止されること。
10.討及び実験結果に問題がなく仮に実施された後、人身、設備などに問題の
発生した場合には、事業者の責任において速やかなる現状の回復、補償及び
以後の再発防止策の実施、防止不可能な場合には事業の中止の確約をされる
こと。
特記事項
a.医療面での検討に先立ち、今日の医療は想像を絶する多様の電子機器が同時 に使用されていることへの理解。
b.生体電圧を扱う機器では数マイクロVという微小な電圧が対象となっている
ことへの理解。
c.医療用電気機器に障害が発生した場合、即、人の生命に危険を及ぼすケース も想定され、既に旧厚生省薬務局医薬副作用情報として公示されている。
新技術の検討にあたっては新たに該当する技法に関する慎重な検討が必要
である。
7月5日
日本医師会事務局長 熊谷氏より連絡。当日、日本医師会からは情報企画部
沼沢課長が出席されることに決定。
現在開かれているヒアリングとは、そしてその先は?
PLC問題につき各界からの希望、危惧、問題点、要望、現状等を聴取するために実質審議に入る前に開かれているもので、総務省通信基盤局電波部部長の私的研究会である。
ひととうりの公聴が終了した後、法律に基ずく審議会が開催され、実施の可否に関し運用面、技術面、公聴会で各界からの問題提起など全てを勘案した実質審議が行われる。
7月16日のヒアリングは同上研究会が、医療面からの問題提起について日本医師会に対して行うものである。日本医師会から情報企画部沼澤勝美課長、問題提起団体日本医師アマチュア無線連盟から会長東條純一が出席を予定している。
7月16日 電力線搬送通信設備に関する研究会(第4回)
平成14年7月16日13.30 総務省第1,2,3会議室
研究会ヒアリンググループ出席者
座長 杉浦 行(東北大学) 座長代理 徳田正溝(武蔵工業大学)
委員 雨宮不二雄(代理高木)(NTTアドバンステクノロジーKK)
安藤 真、 鈴木 博(東京工業大学) 富田誠悦(社団法人電力中央研究所)
榎並和雅(NHK) 小林 哲(社団法人 電波産業界) 塩見 正(独立行政法人通信総合研究所)
総務省 鬼頭電波部長 関口電波環境課長 志賀電波環境課長補佐 事務局 二名
日本医師会からの説明
沼澤勝美 日本医師会情報企画課長
東條純一 日本医師アマチュア無線連盟会長
その他当日審議された事項
ITU−R における検討に関する説明。
欧州における検討に関する説明。
実環境実験結果(中間)について。
諸外国における電力線搬送通信設備に関する状況について。
電力線搬送通信設備に関する研究会報告書骨子案について。
日本医師会として訴えた内容 (発言者 東條純一が陳述した内容を記憶にもとずいて後日記述いたしました。)
本日は我々医療に従事する側に対するヒアリングの機会を与えていただきました、総務省及び研究会の方々に心からお礼申しあげます。
レジメの肩書きに日本医師アマチュア無線連盟と書かれており、皆様はこれはインターフェアーを与える側の人間じゃないかとお感じになったんじゃないかと思いますが、実はそうではございませんで、日頃からいかにインターフェアーを与えないで無線を楽しむかに努力をいたしておりますのが、われわれの連盟です。
総務省の方からいただきました質問事項にたいする回答はレジメの方に記載させていただいております。
さて、電磁障害につきましては、医療サイドにも多くの専門の先生方がおいでになり、それ等先生方の著書参考に、今回も勉強をさせていただいたところであります。しかし現状はと申しますと、私をはじめとする一般臨床家はPLCのPの字も解らない、聞いたことが無いというお寒い状態でございます。そこで、多少は電磁障害にも近いところにいる我々が、日本医師会に対し、少しはこの問題についても医師会としての注意を払って下さいとお願いをした次第であります。
我々は、PLCに対する詳しい知識や実験データ、症例を持ち合わせているわけではありませんが、本技術の検討に際し、現在の医療現場、特にMEがどのような状況で活用されているかをご理解いただくことにお役に立てれば、PLC問題の医療現場での検討に役立てていただけるものとここに出席させていただいた次第であります。
医療界は現在非常な多様性を持っております。先ず医療機器についてお話いたします。現在の医療では単に一つの医療機器が使われているより、重症になればなる程幾種類もの機器が装着され、同時に稼動するケースが多くなります。ご参考までに私の専門の産科の世界では色々な問題を持った新生児が生まれてまいります。このような場合、あの小さな新生児の体に図に示しますように多数の機器が取り付けられ、治療に当たることになります。しかし、これ等医療機器は必ずしも統一された規格のもとに管理されているものではありません。参考までにお示ししました一覧表は、某国立病院で現用中の医療機器で購入時50万円を越すもののリストです。ここに見られますように、古いものでは昭和50年代に購入された機器が未だに現用されております。すでにご承知のように、IECでは1993年に601-1-2の規格を制定し、適用を始めました。現在医療機器の業界が目標としております国内規格は全てこの規格に準拠しているようです。しかし、未だ国としての確固たる規格はありません。さらに、機器メーカーには自主的に規格を守るメーカーもありますが、そうでないメーカーもあるようでございます。即ち現用機器にはこのように多様なものが同じ条件で供用されている状態でございます。
一方、これ等機器をを装着される人の問題、即ち患者様の状況を考えていただきましょう。大病院にいるのか、末端の診療所で治療を受けているのか、在宅医療の患者様なのか、社会に出て活動する人達なのか三者三様であります。大病院に収容されている患者様の場合、そこにはEMCに詳しい医者もいるでしょうし、臨床工学士もいることでしょう。しかし、昨今その数が非常に増加している在宅医療を受けている方々の場合、時には全く一人ぼっちのこともあるのです。また、患者様のなかにはその体に医療電子機器を埋め込んだり、着けたりして全く外見からは解らない形で、社会に出て活躍されている方もおいでになります。
また、扱われる信号にいたしましても真に多様なものがあります。医療機器で扱われる信号には、大別して生体より得られる信号と、動作を監視する上での信号があります。特に生体より得られる信号は非常に微小な信号が沢山あり、電磁障害を非常に受け易いものであります。これも私のかかわりのある分野でのお話を例に使わせていただきます。新生児はみな健常な聴力を持って生まれてくるのですが、不幸にしてそうでない赤ちゃんがいるのでございます。このような不幸な赤ちゃんも、早く発見して早く訓練を開始すればかなりの改善が期待できる事が確認されております。この新生児の聴力を調べるのに、聴性脳幹反応一般にはABRといわれておりますが)という検査を行います。これは、赤ちゃんに35dBの音を
聞かせ、頭、脳の中で起こる脳波の変化を計測いたします。この場合の脳波の信号レベルは0.1〜0.4マイクロボルトと真に微小です。また同様の検査でOAE法というものがありますが、この方法では65dB 2000〜5000サイクルの音を聞かせ、内耳の蝸牛からの反応音を検出するのですが、この信号は1/10000に減衰した微小なものであります。よくご存知のECGの電位は1mV,血圧計の血管音を聴取するマイクの回路の信号レベルは1〜5mV,また動作部分の信号としましては、良く問題になります輸液ポンプの気泡混入警報部のセンサー部分では800mV〜5V程度のセンサー部電位変化で作働しているとのことであります。
このように非常な多様性が混在する医療界でありますので、電磁障害にたいする反応もまた非常に複雑なものになる可能性があることが危惧されます。
医療機器と電磁障害に関する検討といたしましては、平成7〜8年にかけて不要協が実施されました携帯電話などが医療機器に及ぼす影響を調査した膨大な資料があり、我々もこの報告を勉強させていただきながら電磁障害につき懸命に勉強させていただいているところであります。
しかし今回の電力線搬送通信につきましては、その利用いたします周波数も携帯電話の800MHや1.5GHzとは大きく違い、またその信号も電力線を介して搬送されるということであり、一概に携帯電話の際の結果を適用踏襲することは出来ない未知の要素が多分にあると推測されます。
そこで我々日本医師会といたしましてはこれらの点を充分にご審議いただき、安心して日常の診療に従事でき、また何よりもかけがえのない患者様の命、健康、QOLに危惧が及びませぬようくれぐれも充分なご審議をいただきたく強くお願い申し上げる次第であります。
提出書類
1. 設問事項に対する回答
2.NICUにおける医療用電子機器使用状況の一例
3.某国立病院で現用中の医療用電子機器の購入年度一覧表
4.電力線搬送通信設備に関するヒアリングに対するわれわれの姿勢
7月31日 第五回研究会開催 日医より沼澤勝美情報企画課長が出席し傍聴 、同夕、以下のような報告をうけた。
「第五回研究会までの審議結果をふまえ、本件に関する最終方針は時期尚早ということでまとまりそうな気配である。しかし、PLC事業に関しては撤回するのではなく、技術レベルアップを図る等して、実験は継続すべきことと併記されると思われる。」
その結果
以上の結果より、PLC事業が直ちに実施されるという最悪の状態はひとまず回避されるみとうしとなった。この結果は研究会に所属する実環境実験ワーキンググループのNHK,電波天文周波数小委員会、ARIB、JARLなど関係諸機関の厳正、中立、詳細なる調査の、そしてヒアリングに参加した諸団体の意見陳述が総合的に勘案された結果と言える。
しかし、PLC技術の検討は当該企業にとっても、電気機器メーカーにとっても営業上重要な課題であることは間違いなく、既に家庭電化製品の遠隔操作や、防犯システムなど生活に密着した部分で単にその利便性のみを前面に掲げたなし崩し的実施が心配されなくもなく、今後ともその動向を注意深く見守りたい。
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