超音波(高い振動数の音を使った描画技術)診断法の進歩により、妊娠の非常に早い 時期から子宮内の様子が手に取るように分かるようになりました。特に妊娠初期の 胎児が元気にしているかどうかの判断は、胎児の心拍(心臓の拍動)の有無により 診断します。正常な妊娠なら妊娠6週半ばにはこの心拍が子宮内に確認でき、赤ちゃん がお元気ですとお話しできます。普段から生理が不順、たまたま妊娠が双胎(その他、 子宮外妊娠、胞状奇胎等)など例外を除き、7週を過ぎるのに心拍が見つからない 場合は胎児がうまくいっていないと診断せざるをえません。大切な赤ちゃんのこと ですから、医師も慎重になって当然ですが、ひとたび診断が下ったときは、残念で 諦めきれないお気持ちは痛いほど解りますが、出来るだけ早く気持ちを切り替えて、 子宮内を健康な状態にもどすための処置をお受けになることが大切です。生活力の 消失した胎児を子宮内に長時間置くことは、二次的に非常に危険な続発合併症を引き おこすことになってしまいます。
子宮内を健康な状態にもどすための処置は流産手術とか子宮内容除去術と呼ばれて います。手術に要する時間は15分〜20分で、普通、麻酔薬を静脈注射し、眠って いる間に終了します。手術後、麻酔が醒めるに従って、少しはお腹が痛いのを辛抱 していただかなければなりませんが、皆さん術後2〜3時間までには歩いてお帰りに なれます。ケースによりますが、大方の方は順調に回復し、翌日からは無理をしない よう気をつけながら仕事に復帰していただけます。術後も翌日、3〜4日後、7〜 10日後の三度くらいの通院ですべてが終了します。手術後およそ一ヶ月には次の 生理がおこり体は完全にもとの健康な状態に戻ります。
流産は皆様のお考えになる以上に多いものです。どなたがこの不幸に出くわさ ないとも限りません。流産なさった方は皆、自分の体に重大な病気でもあるの では、妊娠しているのに体に負担がかかるような生活を続けたから、ほんの少し ではあるが薬をのんでしまったからなど、さまざまな事がらを理由に取り越し 苦労をなさいます。取り越し苦労と申しましたが、これらの事柄はほぼ全て流産 の原因ではないのです。流産後はひととうりの検査は行いますが問題点がある ケースは滅多にありません。無理をしたから!とんでもない、私の所で仕事に あたっている助産師さんや看護師さんは問題点が無ければ予定日近くまで仕事を 続けていただいています。勿論、皆さんプロですから充分知識も自覚もあるで しょう。職場としての気配りも当然です。でも健康な妊婦さんは自覚さえあれば 普段の生活の範囲で悪影響が出ることはまずありません。薬だって少々の風邪薬 くらいで胎児が流産してしまうようなことにはなりません。妊娠中の薬の服用に は当然慎重であるべきとは考えますが。
この問題を専門に研究している学者達からは次のような結果が報告されています。流産した 内容を詳しく調べると6割以上に染色体の異常が見つかり、その事実から考える と、多くの流産例では妊娠が成立、すなわち精子と卵子が一緒になり胎児の体が 形作られ成育する過程のどこかで、突然染色体の不具合により正常な成育が出来 なくなってしまうのだと考えられています。つまり、私たちの手の届かない ところで妊娠の行く末が決められてしまっているのです。私はこのお話をする 時、テレビを作っている工場のお話しをして理解していただくようにしていま す。テレビには無数の毛虫のようにも見える小さな部品が組み込まれています。 この部品達はそれぞれ製品管理され不良の無いものだけが使われます。部品は ベルトコンベアーにのり、熟練した技師さんたちが決められた手順に従って組み 込んでいきます。 毎日同じ仕事を決まったルールに従って間違い無くこなしています。工程が 進み、製品を商品として箱に詰める前には、正しく映るかどうかが検査され ます。一日に何百、何千台もの新しいテレビが検査にかけられ、間違いが 起こるはずのない製品の中から、ほん僅かな数ながら不具合なものが見つ かり、商品として出荷する事は見合されます。貴女もご主人も共に健康で 平穏な毎日をお過ごしであったのに、突然今回のようなことになったのと 非常に良く似ています。人の体をテレビ工場に例えたりして不謹慎だった でしょうか。どうかお許し下さい。でも、突然おこる染色体の異常は誰に 何時起こっても不思議ではない、今の医学では避けることの出来ない不幸 です。また同じことを繰り返すことも普通はありません。健康なカップル なら次回は必ずや元気なお児さまがおできになることでしょう。 出来るだけ早く気持ちを切り替えて体の回復に努め、再度のおめでたを 待ちましょう。何となくあせりを感じられることでしょうが、約六ヶ月間 は妊娠することをひかえ、体の回復を待ちましょう。